[眠たそうに顔に触れていた手を落ちた本へ伸ばす。
そこに描かれているのは鐘を鳴らすひとりの女性]
ああ。そうだ、わたし。
お手伝いしなくては。
[大切なことを忘れていた。
それを手に取ると、徐に立ち上がる。
スカートについた埃を払うと、彼女の姿を探して庭園を彷徨い*はじめた*]
[迷路のような生垣に沿って歩いていると、垣の切れ目から、ちらりと先ほどの男の姿が覗いた]
何か植えている?
さっきの花のお詫びのつもりかしら。
[居た堪れない気持ちになって眼を伏せる。再び目を開いた時には男の姿は掻き消えていた]
[男が蹲っていた場所に歩み寄り、しゃがみ込んでまだ柔らかい盛り土にそっと触れる]
………次にあの人が来る頃には立派な木に育っているのでしょうね。
その時は……わたしはおばさんか、おばあさんか…。
[ふと見上げた空がぼんやりと明るくなってきている]
あの子はとうとう見かけなかったわね。
『次に会う時は同い年だね』なんて言っていたのに。
あの子?
『お客さま』の中に特に親しくなった人が居たなんて聞かなかったけど…。
[他人の、それも母の秘密を覗き見しているようで座りが悪い。しかし興味がないと言えば嘘になった]
ママ、その人のことが好きだったのかな?
[瞼が重い。林檎の木にもたれるように顔を寄せて、深い息をついた]
もう扉を閉めてベッドに戻らないといけないのに…私も諦めが悪いのね。
[そっと身を起こすと、ふらりと*歩き出した*]
[飲んだくれの男から受け取った小瓶。小さく礼を言った。
男は何かを土に埋め、そして――消えている]
……?
[現実か?訝しげに自分の掌の中のものを見る。
酒精に満ちた小瓶が確かにあった。夢と現実の境目が判らなくなるほど飲んだくれているのは*あるいは自分なのか*]