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―― レイヨの小屋 ――
否… お招き感謝だ。
そう、群れのひとり。同じ群れだといいと思う。
[何もかも凍りつく季節に嗅ぐ、あおくまるい香り。蛇遣いは、レイヨが煎れる茶の蒸気を吸い込む。
毛皮の下では和らいだのは…寒さに縮む大蛇の胴で]
相棒は、相棒だよ。
名乗らないから、名前は知らんのだ。
[大蛇の名を問う眼鏡の曇る青年に、さして冗談でもなさそうに言う。少し思案して、顎を引いて見遣る]
あんたにとって、こいつが何と定まるなら
――そう呼んでみるといいのではないかね。
[渡されたカップを、両手に包む。血が温まる。]
…助言は、ほしい。あたしなら。
まじないは自らを強くしない。たぶんな。
[冷たい洟でなく温い茶を啜るに、音は立てない。
湯気越しに見ているのは、青年の裸眼、そのいろ。]
…む。そうだな。あたしには、あんたが。
まじないをするようには…実は、今は見えん。
まじない師というよりは、学究の徒に見える。
なので、もし予想に反して"出来る"のなら――
その調子で密かにことを進めてくれ… だろう。
見立て通り"出来ない"のなら――
[ゆらり、首元で眠る大蛇の膚が波をうつ。
言いかけた言葉は止めたか、そこで元より終いか。]
……否、それは問われてはいないな。
[笑みはつくるにも気が進まぬ態で、息を吐く。
歪んだ卓を鳴らさぬように、静かに器を*置いた*。]
炎も波も、すぐそこさ。
すっかり、取り囲まれている。
保護区域、などと称しつつも
そのうち見世物小屋と変わらなくなる。
[狼の声は高く低く――相手の声音も届かせる。
蛇ばかりでなく意を通じる遣い手は、淡い憂いを
極光のくれないに包む如く揺らめかせ応じる。]
在るがままに。
名は――要に応じて好きに呼ばわるといいよ。
うつくしく、凄惨な滅び…か。
ああ。衝動の行き先も来し方も、酷く狂おしい。
[少し間を置いて――ふと添えたのは相手への、]
…お前の笑い声は、骨鈴の音に似ているな。
[――――いつか呼ばわりに通じる、その欠片。]
―― レイヨの小屋 ――
[求道家と幾らかの言葉を交わした蛇遣いは、
温もりを気遣われてか二度ばかり煎れ足された茶を
飲み干して――謝意を表すとやがて立ち上がる。]
得られたものが、あるといい。
…なに、あたしは勝手に得ているとも。
[辞する挨拶とか、右腕をレイヨの肩へと伸ばす。
僅か身を寄せる仕草は、北では日常的な軽い抱擁。
そして離れ際――指先は、青年の緩い巻毛を一筋。
ぷつり 得るのは彼の淡いストロベリーブロンド。]
――こんなふうに。
―― 橇置き場 ――
[――坂の上には、木の橇が並んでいる。
ゆるやかな傾斜は、初速をつけるに適したそれ。
人探しの態で戻り来た蛇遣いは、帽子の男を見る。]
…また、外へ出たのか。
[長くテントの前へ佇んでいた、かの時を思う。
ほうとしろく漏れる吐息は、早や鬢の毛を凍らせて]
唄とでも聴くかね。幻燈とでも見遣るか。
[遠吠えと、極光。――今は嫌でも注意引くもの。]
…興味深いかね。
ひとつ、つくってみるのもいい。
[橇が並ぶ丘の上で、顔を合わせる。
身体の前へ毛皮をかき寄せ、俗な会釈をひとつ。]
据え膳。
[答えはごくごく、みじかい。付け足すに―――]
群れに喰わせるのは、惜しいな。
…空気か。
確かこの地に住まいする、
大気の精霊はイルマタルと教わったが…
空気に毒を漏られて、難儀なことだろう。
言葉も情けも、今は時を奪うよ。煩うな。
[ラウリの自嘲を慰めもせぬ薄情は、先刻と同じ。
彼の口から、"支配"なる言葉を聞くと眉を顰めて]
それでも、みじかい夏の歓びに惹かれて
あたしはこの土地に居るよ。長い冬と闇の地に。
――なあ、ラウリ。
思い起こさせられたなら、お前は…
…否。そんなことが聞きたいのではないのだ…
[尋ねかけ、寒がりの蛇遣いは彼が辿る
顎の曲線と、帽子の鍔のそれとを重ね想う。]
そんな小洒落た帽子を年中着けているお前がな。
街へ住まずにどうしてこの地へ留まり続けるのか。
おそらくは、あたしが訊かずとも
誰かが訊くのだろうがね。…うむ。
今さらに、尋ねてみたく*なったのだよ*。
対たる遣い手殿は、
凄惨にも、趣向を求めるらしい。
――あたしが、貰おう。
[玲瓏たる声音が、応じて確と主張する。]
思惑通り、時間稼ぎをさせてやる代わりに、
そのぶん群れは飢えるというわけだ。…お前も。
「次」が愉しみではないかね?
皆と過ごす、夏がな。
[補足して、一度口を噤む。
ごまかす、はぐらかす――
然し隠さぬ素振りは確かに返答で。
異質な音ごとに、蛇遣いは眼差しにやや険しさを
混ぜて影引く男を見詰めていた。離れゆく*背も*]
ああ。
飢えに悶えて、歓喜に焦がれていろ。
[歩みゆく背の主を見送る眼差しは、険しい。
けれど口元は確かに、確たる声を吐いた儘に在る。
身の裡へ、いのちを抱き取る時を想うあわい笑み。]
「未熟なまじない」とやらに*留意せねばな*。
[小高い丘の上から、雪原を眺める。
――獣達の包囲は相変わらず。腹に据えかねるのか、
トナカイ追いの犬たちが時折控えめにも吠え返す。
飼い主が慌てて静かにさせるのは、恐れのためか。
蛇遣いは、身体の前で毛皮をかき寄せ眉を寄せた。]
『出来ぬこととて、想いは』――
[…ほう。レイヨの言をなぞる呟きにつれ、吐息。
極夜の日々の「朝」は、総てが蒼く、蒼く染まる。]
想うと焦がれるは、似ていて違う…と言っても。
嗚呼。果たして面白がってくれるのだろうかね?
面白かったとしても、あたしは――
[毛皮の下のしろい大蛇を、片腕は庇い、抱く。
無意識にも恐らく相棒が蒼く染まらぬようにと。]
…そう、わらえないな。
[さくり。足は雪を踏み分けて丘を下りだす。
背後に並び在るのは、よく手入れのされた橇。
曳くトナカイも犬も、今は狼に怯え繋がれず。]
…? 誰と話した?
[群れからはぐれた仔トナカイを一頭、自身へ
通じる狼に襲わせながら、対たる者の驚きを聴く。]
ひとは、己の裡にすら神を見出すよ。
"我々"とは…我々かね。それとも、おおかみ?
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