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[ぐ と 自身の肩に爪を減り込ませた
痛みに顔を歪めるのはひとときのこと
全身を覆う獣の欲望が薄れて行くのを感じ
ほうぅ、と、長く長く息を吐いた]
いや、だわ…
[それからずっと 一瞬も眠る事無く
寝台の脇で 眠る供儀を横目に見た侭]
[湧き上がる血の欲望を抑えるように
自身の身体を両手で、抱きしめていた]
[ぞわりと背を這いあがる衝動に身を捩りつつ
丸くなって耐えている時 笑む気配を感じた
だがそれが何であるか女に知れる由は無く。
きっと血が 抗う自身を笑って居るのだと
そう思うと――また、欲望は膨れ上がって]
…っふ……、
[まるで泣き声のような哀れな声を漏らす直後
獣の唸り声のような低いそれが重なった]
…し、ぬ?
わたくしが?
[不意に聞こえた声に赤い眸を開く
喉が乾きすぎて カラカラの掠れた声は
高い声と低い声 二重のユニゾンのようだった]
死ぬのは、いやですわ。
[二重の声が 喉を震わさず出ている事に気付く
そして相手の声がまた鼓膜震わせて無い事にも]
死なない――死なない。
生きたい………
[零すのは 血と自分どちらもの本能の欲]
…――、っっ
[聞こえた言葉に、はっと顔を上げる]
[守ってあげる]
[なんと甘美な響きかと うっとりと表情を溶かす]
――わたくし、は、
人にとって良くない存在かも、しれませんわ?
[それ、でも?
低い声重ならず 高い声だけが問うのは
細い細い糸のような 告白にも似て]
[調理場は居間のすぐ隣。
湯を沸かして大きなポットに茶葉を入れ
少しぬるい紅茶をカップに入れた。
人を持て成す事もあったのだろう、
幾らか種類が揃えられた茶葉の缶は
やけに日常めいていて 少し目を伏せる]
大きな鍋や一通りの道具はありますわね。
レイヨ様は、お料理はお得意ですか?
[父と2人で暮らしていたように記憶している
お茶を淹れながらそんな雑談めいた言葉を交わし
盆に並べたカップは運ぶのを手伝ってもらいつつ
居間へと戻る足どりは 少しだけ軽くなった]
[聞こえる言葉が じんわりと染み込んでいく
自分の肩につきたてた長く硬い爪が
薄く開いたくちびるの内側で長く伸びた牙が
鏡に映る自分の赤い赤い眸が
気を抜けば熱で弾けとびそうな身体が
喉が渇いたと
空腹だと 訴えるのに]
わたくし、を?
嗚呼、それは――とても、
[うれしい。]
[言葉は 音無く心の裡で 広がった]
貴方の言葉を…しんじます。
わたくしは――人として頂いた名は。
イェンニですわ。
神の子、…――ええ。
皮肉なものですわ…
[告げる言葉は凪のように静かな、
それでいて高い声と低い声の二重(ふたえ)。
自身の奥に渦巻く黒いどろどろとしたものは
いつ噴きだすか判らず まだ声は震えた]
レイヨ様。
嗚呼…ありがとうございます。
わたくしも…応えられますよう。
抗えなくなったとしても…
貴方だけは、歯牙にかけぬよう。
[本当に、嬉しかったから。
そして握る手に力を籠めて、
夜通し血の目覚めに呻いたのだった。
告げる言葉に、最早抗えぬと知る事混じるとは
まだ気付かぬままに*]
[そして 鳥の鳴き声や村のざわめきで朝を知る。
薄い隈を作った顔は少しの疲弊を示していたが
朝が来れば 血が騒ぐこともなく――]
…え、
まだ他に、どなたかが…
[聞こえた「声」に 戸惑いがちに声を投げた]
対抗しうる何か…?
嗚呼、ちょっと待ってください。
わたくし、何か昔に、聞いた覚えが、
[眩しそうにいつも眇めた眸を伏せて
思い出そうと暫し沈み――顔を上げた]
随分昔にとても遠くから懺悔に来られた方で。
人狼を護って見極められる者を殺してしまった、と
おっしゃっておられた方がいましたわ。
その時は何かの比喩かと思っておりましたが。
[もしかして、と添えてから、は、と目を見開いた]
あ、その、わたくし。
他言無用の懺悔の話しをしてしまってますのは、
どうか、目をつぶってくださいませ。
[肩を小さく窄め困り眉でぽつりと呟いた]
[ニルスの言葉にカップを持つ手が小さく震える。
その言葉が真実だろうと、奥の方で知っている。
夜でないと、自分は血が目覚めている事は無い]
…でも、死なないわ。
[100年前に死んだという人狼へと想いを馳せて
それでも自分はと くちびるを噛む]
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