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あら
[カクテルグラスを静かに置いた。
見ない顔だ。そう思ったが、すぐに否定する。
今の見苦しい行動も、この親しげな表情も、このバーとセットで知っている]
ベッドに、
[綺麗に整えられた指先を男へと向ける]
来る?
[緩く首を傾げて、視線をグラスへと流した。
何を飲んでいるか、それが*答え*]
……それとも
貴方の誕生日までおあずけかしら
[見覚えのあるような、ないような。曖昧な記憶の男は、6月18日の男として上書きされた。
買われたことはない。それは断言できる]
私は……
[緩やかに波打つ髪を指先で弄び、俯きがちに視線を男の背後へと送る。
赤が滴る音はほどなく止み、片づけを終えたマスターがカウンターに向かう客へ、お詫びの一杯を差し出す声が聞こえた]
初雪の頃よ
……それ以上は
[まっすぐ立てた人差し指を、キスするように口元へ]
此処では、秘密
[目を細めて、笑みを*返した*]
[タンブラーが倒れる音。液体が溢れる音。少し離れた横からしたそれらに、男は視線だけを動かして其方を見やった。
カウンターの上に広がる赤。物騒なその色は見慣れ、好きだとも嫌いだとも思わないものだ。
赤をぶち撒けた相手に対し、男はただ片眉を動かしたばかりで、別段文句を零しはしなかった。その奇行は、いつもの事、だったから。
勿論、直接被害を被れば話は別だが]
……十一月の、三日だ。
ヴィルヘルム・ライヒが死んだ日だな。
[生誕を問う声には、呟くように返答した。マスターから詫びのグラスを受け取り*つつ*]
ベッドに?
[残念ながら、甘やかなやりとりにはてんで向いちゃいないたちなものだから、その言葉がすぐにカクテルの名前には繋がらない。
ただ、この売春婦めいた風貌と艶めいた声で、"ベッド"の単語が示す意味くらいは、わかる。
そうしたらもしかすれば、答えはその先だ。けど。]
そうだな、とても魅力的なお誘いだけれど、まだ勢いに任せるには早いかな。
ボクの誕生日までは待たなくてもいいけど、もっと夜が更けるまでさ。
[この女が、いつもの常連だったかそうでないかは、別にどうでもいい話。
誰だって等しく、変わらずに笑いかけるだけ。
金輪際馬鹿な真似はよせとマスターが言っても聞こえないふり。
だってこの侘びの一杯を目当てに来ている奴もいたりしただろ?
時々タダ飲みするためだけに、何杯分も先に金を落とす客を連れてくることもあるんだ、ボクの手柄じゃないけど感謝してほしい。]
初雪から産まれたから、きっとキミはこんなに綺麗な色をしているんだ。
羨ましいな。女の人って綺麗だから。
[彼女の指先が弓なる口元に吸い寄せられる。
あまりに官能的で、唇を湿した。]
[男はたくさんの名を持っていた。
現在のところ、この街ではカウコと呼ばれていることが多いから、まあそれが彼の名、ということにしておこう。
はいよ、という声とともにかすかに煙の香りのする水割りがトン、とカウンタに置かれた。
いつもの銘柄、モルト仲間にはせっかくの個性をそんなに薄めるなんて、という苦笑いをされるほどの比率。しかしこれが彼にとっての完璧な水割りだ。]
……旨い。
[しみじみと呟いて、薄い水割りを一杯だけ、ちびちびと飲む。これが彼の日課だった。]
[彼は気がついていない。
いつもの酒を飲むそのカウンタが、いつものあの場所ではない事に。
マスターも、常連たちも、彼の知らない、誰か。
ただ海の香りのする水割りだけが、いつもと変わらずそこにはあった。]
ねえ、その水割りちょうだいよ。
ええと、何だっけ。ウルフ? ジンジャー? レス? キャットテイル?
[いくつもいくつも名前を並べ立てる。
その中に彼の呼び名がひとつでもあったのか、ないのかも知らないままに、催促の手が伸びる**]
/*
かうこ だから 買う子→売る夫 で ウルフ
ジンジャー+レス+キャットテイル→「しょうがないにゃあ」ってよむんだよ!
んだよそれ。
[並べ立てられた名前らしきもの。
そもそも彼は誰だっけ。記憶を探る。が、途中で面倒になった。]
ああ、そうだな。
んじゃウルフでいいわ。
[答えて、ほらよ、と三分の二ほど残ったグラスを差し出した。
また名前が増えてしまったわけだが、そんなこと、彼は全然気にしない。]
旨いだろ?
[自慢げに言うが、好みを選ぶ酒だ。思い切り薄めてあるとはいえ、何しろ殆ど煙を飲んでいるような香りなのだ。]
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