(暑い…、イライラする…)
[古い緑色の扇風機が部屋の真ん中にあるものの
こちらに背中を向けた男に向かっているカラカラと音を立てて回っているだけなので
こちらには全く恩恵がない上に古い鉄のボディにはモーターが放つ熱が篭もり室内を余計に暑くしている
窓は全開だが、風はさっぱり入ってこない
ただ原稿が上がるのを待つだけの時間
する事もないので扇風機の裏に書かれた文字を読んでみる
=30cm AC DESK FAN=
VOLTS 100 TYPE DK-321
CYCLES 50/60 SERIAL No.HMN-666
=Meidensha Electric Mfg. Co Itd=]
(担当になって十年以上経つが、相変わらずこれを使ってるんだな
夏だけはこの先生を訪問したくないぜ、全く)
ちょっと煙草を吸ってきますね。
[長時間座り込んで傷む足を伸ばして書斎を出た]
―― 神社の境内 ――
[木々へ渡した麻縄を数人がかりで引っ張ると、
頭の高さに吊るした提灯たちがぽうんと跳ねた。
次第に集いくる人々。時は夕刻へ差し掛かる。
めずらしがりの弁護士は、竜吐水の頭を撫でる。]
[ ばるるん、ばるん。 ]
[わたあめ屋台の裏で、店主が発電機の紐を引く。
旧式のぽんこつを叱咤する声混じりのその音が、
とてもいい、と雛市ヒナは唇の端を持ち上げて。]
ああ、はじまりますねえ。
[前回に訪れた際に見知った人にも見知らぬ人にも、
こんばんはあ、とすこし早いあいさつを*投げた*。]
[縁側に出ると黄色い射光が部屋の奥まで差し込んでいる
作家先生の家は東が裏山で大きな窓は全て西を向いているから夏は酷く暑い]
(じーさんはエアコンが嫌いなクセになんでこんなに面倒臭い家に住んでるんだ…)
[沓脱石の上に置かれたスリッパを拝借して庭に出る
作家先生が手作りした池の傍に来ると煙草に火をつけた
子供の手のひら位に育った赤い金魚が人影を見つけて
餌をねだるようにバシャバシャと跳ねている]
(金魚掬いの金魚もこれだけ大きくなると可愛げもない)
[縁側の隅にある棚から餌を取り出すと一つまみ池に投げ入れた]
(あの時もこの家に来ていたんだっけな
まだ奥さんも生きていて…)
[数年前を思い出す]
[何の準備もなく金魚を貰ってきた事を少々咎められて
近所に住むやるために掬ってきたんだって口を尖らせて言い訳をしてたけど
「今時の子供が金魚なんか貰って喜ぶものかしら」
奥さんの言葉にパッと顔を光らせて
「それもそうだな
丁度良かったグリタ君原稿を待っている間に金魚鉢を買ってきてくれないか
餌と藻も忘れるなよ」
あれこれと細かに注文して来たのだから
結局はじーさんは自分で欲しかったのがバレバレだったな]
[学生服を着替えて私服になった赤茶色の青年
横には機嫌よく尻尾を振っている犬]
舐めるのはもうなしだぞ、ポチよぉ
俺はまた家に戻って水浴びをするのは嫌だからな
[犬の頭をグリグリと撫でる。
飼い主の撫でに犬は顔を見上げて「ワン、ワン」と元気よく吠える]
さあ、祭りが始まる前に一遊びするか
[神社前の広っぱで、拾った小枝を投げる]
夏祭?今日だったかね。
……ああ、そういえば確かにそうだ。全く、一年経つのは早いもんだなあ。
[血圧の薬を取りに来た老女の口にした「今日のお祭」という言葉に、初めて催しの事を思い出した。]
坊やに、夜店で食い過ぎるなよと言っとくといいよ。
もう、あんたがおんぶしてウチ連れて来るには大きくなりすぎてるだろう。
[老女の孫が、祭が終わった夜更けに腹痛を訴えて、この診療所に来たのは何年前だっただろう?]
……そうだな、ちょいと覗くくらいにしとくつもりだがね。
お大事に。また後でな。
[老女を見送った後、ふと窓の外を見る。
そろそろ赤みを帯び始めた空には、ふんわりとした獣の毛並みを思わせる雲が浮かんでいた。**]
[あの時は5匹居た金魚も今では1匹]
(特大だけどな)
[咥え煙草で遠くに聞こえる祭りの音に耳を傾けていると
突然後ろの山がザワザワと鳴り涼しい風が吹きぬけた
飛び散った灰を池に落とすまい
一歩下がった所で周囲の気温が一気に下がったせいかヒグラシが一斉に鳴き始めた
カナカナカナ…]
(あぁ、この鳴き声は嫌いだ
父と最後に会った日も、先生の奥さんが亡くなった日も山でヒグラシが鳴いていた)
[書斎を覗くと作家先生は頭を抱えて結末に困っているようで]
(そろそろ結末でなくては困る)
[多少なり休憩できるように声を掛けた]
せんせー
俺ちょっと祭りでも見てきます
サボらずにちゃんと書き上げてくださいよー
よし、イイコだ
[持って来た木の枝を受け取り、犬の頭を撫でる]
さて首輪を付けるぞ
[赤い首輪は犬によく映える]
何食おうか
何しようか
お前用のゴムボールも手に入れようか
[指折り数えて、神社の方に歩き出す]