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[壁には額縁に入れられた絵が幾つかと、紙に描かれた絵が数多く、飾られていた。それらもまた、同じ共通点を持っていた。
極彩色。人の姿。
描かれた人々は、皆、目がなかった。そして皆、笑っていた]
……、ああ。
[それらを一瞥してから、男はベッドのシーツに潜り込んだ。帽子を顔の上に置き――やがて、静かな寝息を*立て始めた*]
病院表口
また、来ちゃった
[友達の家に来たみたいな、そんな軽い口調で少女は笑った。薄青のマフラーを取れば、その首はいかにも寒々しく。出迎えた顔見知りの看護士に無理やり巻きなおされた]
うん…風、強いもんね
[おとなしく頷いて、緑色のトランクを引いてエレベーターへと向かう]
うん、うん
今度はそう…どれくらいかな。聞いてないや
[トランク曳いて、学校行って。
またね、って手を振って。
学生鞄は肩にかけてそのまま病院へ来た]
トランクがおっきい?
うーん、ゲームは飽きるから今度は本にしてみたんだ
[笑い声交じりの会話。顔見知りの警備員にもやはり手を振って。少女――と呼ぶには背の高い、それでも女ではない彼女は、スカートを翻して病室へと*向かう*]
[女は一人、柵に背中を預けて煙草をふかしていた。
職員に見つかって追い出されるまで、その足元には吸殻がひとつ、ふたつ、*増えていく*]
314号室・小児科病棟
…退屈。
[白いカーテンに囲まれたベッドの上。
北風が窓を揺らす音を数えるのにも飽きて、糸井千夏乃は長く垂らした三つ編みの先をくるくるともてあそびながら、小さな溜息をついた。]
[最初は検査だけのはずだった。
一泊が一週間に、一週間がひと月になり、気がつけばもう半年が過ぎようとしている。]
『大丈夫よ。もうすぐ、帰れるから』
[両親も主治医も看護師たちも、そう繰り返すだけ。
困ったものだ。もう十四になるというのに、まだ子供扱いしかしてもらえない。
薬の量は日毎に増え、身体が徐々に弱っていく。それは目に見える変化だったし、何より、自分自身がひしひしとそれを感じる。それでも、大人たちは千夏乃が何も知らない子供なのだと信じている。…いや、そう思いたいだけ、なのかも*知れない*。]
――ラウンジ――
[緑の隙間から海を覗き見ることのできるラウンジが、そこにはあった。
潮風は木々の隙間を通り、ガラスに吹き付ける。硝子戸を開けばその風を一身に受けることはできたが、ラウンジの椅子に座る老婆はすっかり腰を落ち着けていた。病棟にて割り振られた部屋よりもよほど居心地がいいか、彼女は鼻歌交じりに古びた指で持つ針を遊ばせていた。]
ン、ン――…… あぁおい、 目をした
おにんぎょ は、
[節をつけて動かす針の脇にあるセルロイド人形は、さして青くもない目をじっとガラス向こうに投げていた。
老婆の気まぐれな歌は途切れ、同じ個所を繰り返し、行き着く先も見当たらない轍の中で円を描く。
ふと潮風以外に鼓膜に触れる声を聴き、老婆は手を止めた。黒い布に縫い止まった針をそのままに、陽光反射する海へ目を細め]
きっと、
ウミを見過ぎちゃったからだぁねえ**
─ 病室 ─
[ほぼ白一色の部屋。
壮年と初老の半ばあたりのような男は微睡んでいる。
ベッドの上、男の枕の横の方には、装丁も頁もうっすらセピア色になった一冊の本がある。]**
とある病室
[医療機器がかすかな電子音を奏でる中、目前の女性は患者の手を握り締めて嗚咽を堪えていた。
死亡確認。脈を取り、瞳孔を確認する。
薄く唇を開いて言葉を発しようとした瞬間、胸の奥が圧迫されるような苦しさを、覚えた。]
――ご臨終、…です。
[寝台に横たわる人物が、患者から、遺体へと変化したことを告げると、女性は震えながら泣き崩れた。
額に薄らと浮く脂汗を拭う暇無くペンライトをポケットへ戻す。
重苦しい空気が肌へと纏わりつく中、新米の医師は病室を後にした。
その足取りは、酷く重かった。]
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