う、うぇ、…っ
[厠で胃の中の物を吐き出す。自ら自警団に身を差し出したゲッカの腕に刺した針。
少しでも恐怖が和らげばと、彼女の体内に流し込んだ液体はその精神を蝕み――。
ふらふらと、おぼつかない足取りで自警団に連れて行かれた]
僕が、ころした――
[医者の身でありながら、その知識を利用して、死地へ送り出した]
うぁ…、ぅ…
[胃の中が空になっても、吐き気は止まらない**]
―― 句会の前日・森の中 ――
[あの日、隣町までの買い物の道中、若女将は懐かしい場所を通過していた]
確かこの樹よね。
[幼い頃、ツキハナとそして村の子どもらと登った大きな樹の根元に腰掛けて、ゲッカは休憩を取っていたのだ]
[幾ばくかのまどろみの後、女の右手には一つの指輪が鈍く光っていた。
それからは、ご存知の通りの騒ぎである**]
―― よみ ――
[幼い頃そうしていたように、林檎箱の上に葉っぱのお皿と木の枝の箸、欠けた湯飲みを並べていく]
お夕飯ですよー。
[荒れ果てた川辺で、辺りを*見渡した*]
―― よみ ――
はーい。
[途切れた意識から一転。
聞こえた声に当たり前のように返事をする。]
おねえちゃま、今日のごはんはなぁに?
[綴る言葉も要旨も、昔をなぞるかのように*幼く*]
― 深夜:客室 ―
――…ッ!
[悪夢を見た。
玄関を出てゆくゲッカの麻薬で虚ろな表情が、歪む。
口元から覗く牙、――そして、遠吠え。]
は、ゲッカ姉が化け物やなんて、そんなはず……。
自分からユウキ兄の注射を打たれたゲッカ姉が……?
[栂村の本家は、死者を祀る巫女の系譜だったらしい。
自分はそれを厭っていたのだし、そんな能力は虚言だと思っていた。
それでも、夢には妙な真実らしさがあった。
もし、万が一、この夢が本当だったら。
ゲッカがいない今、惨劇は終わるのだろうか。]
― 翌朝・廊下 ―
[明け方に見たのは、稚い頃の夢。
顔色は悪くも、気分はいくらか落ち着いた。
朝食をとろうと、食堂へ向かう。
廊下の板張りを踏む素足が、ぬるりと滑った。]
え、なん、……これ……。
[赤黒い液体は、――ツキハナの部屋から。
絶叫は、宿屋中に*響いた*]
ねえお医者さま?
死にたいと思う人に毒を差し上げるのが、お仕事なのかしら?
わたくし、そんな人を助けるのがお医者さまだと思ってましたわ。
ずいぶんと思い切りのよろしいこと…
[その口調は、糾弾ではない。嘲笑まじりの笑い声。]
…わかりますわ。
女将さんがあやかしさまなら、
その日は、貴方があやかしさまにならずに済みますものね…
ねえ。女将さんはあやかしだったのかしら。
お医者様…貴方、その白衣に賭けてそう断言できるのかしら?
[嘲笑を含んだ笑みは、いつになく鋭い眼光に取って代わり、
ユウキを射抜くように見つめていた。**]
わたくし問いかけますわ。
そして…女将さんを死に追いやった方々にこそ問いかけますの…
女将さんはあやかしさまだったのかしら。そう断言できるのかしら。
断言できないなら、女将さんを殺めた貴方の隣人は、何者なの!
…あやかしさまは、あなた方の中に居ますわ。
[挑発するような台詞とは裏腹に、
少女は、表情を隠すように顔を伏せた。**]
今日は炊き込みご飯よ。
[使い古しの木桶からお玉でよそう動作。
あかい液体が注がれ、しかし、ちゃぶ台に置かれたときには椀の中はカラ。
傍らにはいつの間にかアンの姿も]
ツキハナにあげる。
[幼子は、シロツメクサの指輪をツキハナの指にはめようと手を伸ばす。
ちゃぶ台に並ぶ食器は、*四人分*]
ほんとう? わたし、炊き込みごはん、大好き。
[空の容器に満たされる事のない、食卓。
いつの間にかそこにはアンの姿もあり。]
お花のゆびわ? おねえちゃま、ありがとう!
[手を伸ばし、受け取ろうとした瞬間。
気付く*食器の違和感*]
お姉ちゃま。これは?
― 翌朝・自室 ―
[一晩中お茶の香りが鼻についた。
ゼンジの点てるようなお茶の香りでなく]
……ゲッカさん。
[宿にある、蕎麦茶の香り。ゲッカが初めて自分にくれたお茶――自分が彼女に持って行こうとしたそれ。
眠れぬまま、部屋の戸口に寄りかかったまま迎えた朝の静寂は]
しまった!?
[絶叫によって破られた。
廊下に飛び出すと、ンガムラの姿目指して、駆ける*]