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うぇー、まわるゥ。
[ようやく噎せこむのが落ち着いて、消毒の代わりに得た深い酔いに床に腰を下ろす。
ぐらん、と世界の回るのに合わせて天井を仰いで、視線だけで"いい人"を見た。]
殺したい、と、殺してみたい、は違うのかァ。
違うかも。あは。あはは。
[笑い上戸だ。意識せずともほろほろほろほろ零れてきてしまう笑い声は、何かを笑う意図を持たない。]
ボクは、殺してみたい、だなァ……
咎め立て?
[立ち上がる彼を焦点の危うい目で見ている。]
するの。したいのォ。
誰もしないんだったら、誰もされないよねェ。
そういう、ことなんじゃないのォ。
[もし彼が、どこか途中でそのまま扉を開けて出て行ってしまっても。
たった一人になったバーの中でも、男の言葉は続く。]
誰かを殺したって誰からもお咎めなしなんだって、事だよねェ、今はァ……ふふ、ははははっ、あは、
――――なァんで、皆出ていっちゃうんだろねェ。
どこに何があるかわからない外よりィ、ここに一人でいるほうがァ、侵入者もわかるし安全そォなのに、なァ……
[ぐらりぐら、酒も意識も視界も回るので。
床に座り込んで天井を見上げたまま、睡魔に身を委ねてしまうかを、考えあぐねている**]
殺してみられる。
[緩慢に落ちる男の言葉を拾って、瞬いた。
睡魔に負けかけた意識も、少し引き戻される。]
うーん、それもねェ、ま、いンだけどぉ。
確かに、あんまり、歓迎はできないかなーァ?
寝てると、危ない?
かもねェ。
[意識が落ちてしまえば、それだけ他への反応は鈍る。
それはよろしくない。むざむざ殺される餌になるためにここにいるわけではないからだ。]
[独り言だか誰かに投げかけているのかすらも定かでない言葉たちは、床を転げたり跳ねたりしながらも酒気に消え。
はたりと止まったところで、何処かから声がした。]
――うむ。
そうだなァ。誰もいないってことは、誰も殺せないってことだもの、なァ。
それはよくないね。うん、何よりよくないなァ。
せっかくさ、何したっていいっていうんだから、ねェ。
[どこから聞こえる声だとか、そんなことは瑣末。
この声が自分に危害を加える気がない(だってそうだろ、欠片でもその気があるなら、こんなふうに煽っている間にもボクをそこの女と同じようにしてしまえばいい)なら、ここにいたって何かが出来る保証もないのは、その通りなのだから。]
よっ、と。
[弛緩しきっていた身体を、ぽんと跳ね上げ。
まだふわつくままに、立ち上がる。]
そうそう、できることじゃないものねェ。
[白い服の懐、巻いた青いストールの下。
忍ばせたものの感触を確かめて、口角を上げる。
鼻歌まじり、息絶えた女のもとへ寄った。]
ごめんね。
みィんな、行っちゃったからさァ。
[首を裂かれ、床に倒れた女の襟元を正す。
椅子に座らせるのはやめた。壁に凭れかからせるように、上半身だけを起こさせた。]
じゃァね。
さよなら。
[無情にも死を齎された彼女の、まだやわらかな唇にそっと触れ。
そのまま、自分の唇を重ねた。]
[たっぷりと何秒も、そのままでいた。
抵抗はされない。当たり前だ。
唇を舌でなぞっても、そのまま無理矢理に割り開いて口内を求めても、彼女が動くことはない。
首の傷が喉を貫いて回ってきたのか、それとも自分の舌を噛み切った血がまだ止まっていないのか、生臭い血臭が口吻に混ざる。]
……不味。
[ようやく彼女を解放して、はじめに言ったのはその一言。]
やっぱァ、キスは生きてる女のがいいかも。
これ、借りてくね。
[カウンターの隅の隅。
まだ血に濡れてぬらぬらと光るナイフを、拾い上げた。]
じゃ、今度こそ、さよなら。
運が悪ければ、またね。
[くすくす、とまだ酔い残るままの笑みをこぼしながら、ゆらぁり、と、ひとりと彼女きりだったバーを、ようやく後にする。]
あ。
洗ってくれば、よかったなァ……
[投げられて、血濡れた身体。
赤いナイフ。それを拾った手。
バーというものは水分には事欠かないものだから、洗うには困らないはずだ。]
ま、いいか。
[そうして、上機嫌のまま、歩き出す。
時々、なんとなく走った。]
[知らない場所だ。それには気づいていて、走っていた。
バーを出たその先が知らない場所であること、それ自体はさすがのこの男でも気にしたのだが、帰せと騒いでどうなるとも思えなかったし(マスターもいないしね)、何より知らない場所は大の好物なのだ。
あちらこちらの路地や曲がり角やそこいらの建物の窓やらを覗きこんでは、とにかく何かの手がかりを探そうとしていた。]
〜♪
[それはもう、極上の白砂糖と出会ったみたいに気分のいいことだ。]
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