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―とある見舞客の回想―
[見舞いに行くと、彼女は部屋にはいなかった。
こういう時は、大体煙草を買いに行っているか、屋上で煙草を吸っているかのどちらかだ。
屋上に行けば、鼻の頭を真っ赤にした彼女がいた。
呆けたように空を見上げて、白煙を燻らせている。]
六花、
[名前を呼ぶ。]
「ひろくん」
[柔らかく微笑んだ彼女は、甘くて柔らかい声で、俺を呼ぶ。
昔はひろくんなんて子供みたいな呼び方はやめてくれと言ったけど、それが心地いいと思うのはきっと俺が―――――――――から、だろう。]
ここは冷えるよ。部屋に戻ろう。
[手に触れると、思っていたよりも暖かい。
そういえばこのマフラーはどうしたんだろう。そう思いながら、彼女の手を引く。
彼女は嬉しそうにはにかんで、煙草を灰皿に入れてこちらに身を寄せた。]
[最近俺は、よく見舞いに来るようになった。
勿論彼女が気になるんだけど、それだけじゃない。
見ていなきゃいけない、そんな気がした。
そうじゃないと、どこか遠くに。それこそ、あの人の所に行ってしまいそうで。
握った手に、無意識のうちに力がこもった。
いかないで。
どんな事になっても、生きてほしい。傍にいて欲しい。
彼女の一番が俺じゃなくてもいいから。一番じゃない事を、知っているから。
それでも。
かつて彼女の左手の薬指に嵌めた指輪は、今は鎖に繋がれて首からゆらゆらと下がっていた。*]
―926号室―
[アネモネを全部風に託した後、わたしはそのまま屋上にいました
ハイライトを吸っていたのです
かみさまにも届きますように、って
その時、屋上の扉が開きました
ひろくんです
ひろくんがわたしの名前を呼びます
わたしは笑って、彼の方へ駆けよりました
ひろくんは、今日も泊まってくれると言ったのでした]
<926号室の井川様、井川六花様――>
[機械を通した、女の人の声がわたしを呼ぶのが聞こえました
ひろくんは、もうお仕事に行っています
わたしは、どうして呼ばれたのだろうと思いながら部屋を出ました]
―休憩所付近の公衆電話―
‥‥はい、はい
そうですか、わかりました
ありがとうございます
じゃあ、お待ちしていますね
[呼ばれたのは、わたしに電話が来ていたという連絡があったからでした
かつみさんからでした
わたしはテレホンカードを公衆電話に差し込んで、かつみさんに電話しました
テレホンカードは、数えなくていいので楽で、わたしは好きです
今日の午後、こっちに来るとかつみさんは言っていました]
[良かった。
受話器を戻して、吐き出されたカードを取りながら、わたしは思います
何となく、絶対じゃあないけれど、予感があったからです
わたしがわたしでいられるのは、たぶん、あと数日だけだって
だから、早い方がよかったのです
わたしは、わたしのままでいられると思いました
ひろくんや、傷のにいさまたちにも、一緒にいてほしいと思ったけれど、
そうしたら、きっと、止められます
だから、それなら、我慢しようと思いました
手紙だけ、遺しておこうと思いました]
[わたしは、かみさまの分の煙草を買っていこうと思いました
煙草の自動販売機の前へ行きました
今日は、ユウキさんには、会いませんでした。**]
[近くにいた男の子、顔に目立つ火傷の痕がありました、がいくんと言うそうです、その子にお願いして手伝ってもらって、わたしは煙草を買いました
ハイライト、かみさまの分です
わたしの分のハイライトは、まだあるから大丈夫です
わたしは屋上へ向かいました
かつみさんたちが来るまで、まだ時間があるだろうから]
―屋上―
[屋上の隅っこ、わたしはポケットからハイライトを取り出します
口に咥えて、かみさまの銀色をしたジッポで火をつけます
それからジッポをポケットにしまって、代わりに取り出したものがあります
小さな石でした
かみさまの、お墓の石です]
[‥‥―――さん。
石を見ながら、心の中でかみさまの名前を呼びました
わたし、今日、いきますね。
あなたのところに。
両手で包んだ石を、そっと額に触れさせます
やっぱり石は石なのです
それはひんやりしていました]
[わたしは石をポケットにそっと仕舞って、それから口に咥えた煙草を離して息を吐きます
白い煙が空へ向かって行きます
わたしも、こんな風に行けるのでしょうか
空の高い、たかい、ずっと上の、きっとかみさまがいる所まで。]
「お嬢ちゃん、久し振りだなァ
元気かい?」
[その時、声が聞こえました
聞いた事のある声でした
わたしは振り返ります
そこにいたのは、いつかのおじさまでした]
こんにちは。
[わたしはにこりと微笑んで、挨拶をしました]
「昨日、アンタさんの絵を描いたよ
そうやって煙草吸ってる姿を、
かみさまが見守ってる絵をなァ」
[おじさまの言葉に、わたしは何度かまばたきしました
この人は、かみさまを知っているのでしょうか
ううん、違います
かみさまのおともだちではないと思います
たぶん、ですが
だから、きっと、想像で描いてくれたのでしょう
それでも、嬉しいと思いました]
それは、ありがとうございます。素敵ですね。
見てみたいなぁ。
[自然と、顔が緩んでしまいます
わたしはへにゃりと笑いました]
楽しみに、してますね。
[年上のひとは、わたしは好きです
かみさまも、わたしより、ずっと年が上の人でした
頬を緩ませたおじさまの事も、わたしはかかえていきたいなぁと思いました
けれど、そういえば、わたしはこの人の名前を知らないのです]
おじさま、お名前訊いても、いいですか?
わたし、ロッカって言います。
むっつの、花で、ロッカ。
[わたしは、おじさまに名前を訊ねました*]
[部屋に戻ったわたしは、病院の服から着替えました
真っ白なワンピースです
かみさまが贈ってくれたもの。
かみさまが、似合うと言ってくれたもの。
それから、日記帳のさいごの方に、手紙を書きました
ひろくんと、傷のにいさまと、ねえさまふたりと。
さわださんと、かつみさんと、そがさんと。
みつおじさまと、わしおじさまと、けんくんと。
それから、それから。]
[手紙を書き終わったわたしは、部屋にぽつんとある椅子に座りました
かみさまが、最期に座っていた椅子です
かみさまは、どんな気持ちでここに座っていたのでしょう
わたしみたいな気持ちだったのでしょうか
首には、クルミさんからもらったマフラーを巻きました
ポケットには、ハイライトの箱がふたつ
すっかり夜になった頃、部屋の扉が開きました
入って来たのは、かつみさんと、そがさんでした]
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