……なぁんで、『行って』しまったのかしら、ねぇ。
[からん、ちりん]
[音と共に翻るのは、生成り色に濃紅の朝顔染めた浴衣の裾]
[去年までは道中で会った青年の姿は、今年はない]
[ぱたり、扇ぐ団扇の絵柄は舞蛍**]
[一晩で三人も姿を消した夜の風を思い出して、手のひらをぼんやり見つめる。
直後には、編集者が消えたということでやって来た記者もいたが、事件性がないとされると徐々に落ち着いて行った]
今年は助六お休みして、焼きおむすびにしてみたわ。
[場所は南東。
『ネギ味噌』が一回り大きく書かれたお品書きをテーブルに貼り付けて、商売開始。
今年もポケットには、紙切れ一片*忍ばせている*]
──もう少し落ち着かれるまで、待合室で休んでらしてはいかがですか。
ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくり。
[去年の祭の夜に消えた少年の家族は、心労故であろう、月に何度かここで不眠を訴えるようになった。
今日も、彼が連れていた犬の寂しげな遠吠の事を語りながら涙をこぼしていた。]
薬なんぞより、効き目のある事はあるんだがなあ。
[映画がはねた後、人いきれに酔ったものなのか、少し顔色のすぐれなかった少年の様子を見てやったのが思い出された。
あの状態のままだったなら、健康ではあるのだろう、そうであればと思う。]
[この年にも、弁士は村を訪れた。
立ち寄った診療所で求めるのは、うがい薬の処方。]
… そうですか。
グリタさんたち、戻られませんか。
[おおきく開けていた口を一度閉じて、
老境の医師との会話の続きを受ける。
消えた少年の家族は待合室から去ったあと。]
[昨年、3人が神隠しにあった後、
弁士は村に半月ほど滞在していた。
が、…いなくなった人びとを探すでもなく、
しばしば神社の境内に佇み山を見ていた。
遠くへ手を振るしぐさをすることもあった。]
かみかくし。――垢抜けた娘さんが、
『呼ばれた』とか言ってましたっけ。
こちらからは、見えませんね。
あちらからは、見えるのでしょうに。
近年…フィルムが散逸してしまって、
上映できない演目が多いんですよね。
[話の合間。弁士はふと、眉尻下げる笑みを佩く。]
たとえば、『忠次旅日記』とか。
["赤城の山も今宵限りか…"
失われた名作を、医師は残念がったろうか。]
無声映画も、活動弁士も、じわじわと
かみかくしにあっているのかもしれません。**
[真夜中に電話が鳴った
闇に鳴り響く電話は縁起でもない
這い蹲る様にして廊下に出て受話器をとる
作家先生だ]
「グリタ君!原稿が上がったよ!
今日は午前中から出かける予定があるんだ
今すぐ取りに来てくれないか!」
[脱稿直後特有の高揚感で無茶ぶりしてきやがる…
どの道夕方には村を出なくてならない予定だから確実に受け取っておきたい]
わかりました、できるだけ早く参ります…
[欠伸をしながら電話を切った]
[夏とは言え未明の空気はひんやりとして
露で湿った土の匂いがする
都会と違って外灯の少ない暗い道を歩くと
神社の付近まで来ると昨日の祭りの残り香に変わり
向こうから誰かやってくるのが見えた]
おはよう、お二人さん
[五郎丸君達だ
早朝の散歩なのだろう
ポチにドスッと頭突きされ
鼻あてで鼻背を思い切り押されるのが定番になりつつある]
(おお痛い
トキさんには鼻タッチなのに、なんで…)
[ひとしきりわしゃわしゃした後、立ち上がり別れを告げる]