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[蛇遣いがその場へ着いた頃には、かの盲人は
仰向けに倒れ総身を断末魔にひくつかせていた。
マティアスのからだには、幾らか朦朧としつつも
憤り醒め遣らぬ態のイェンニが馬乗りになっていて
――血に濡れた鉈を、酷く熱心に振るっていた。]
…ああ…
間に合ったのだか、間に合わぬのだか――
[急ぎ来た蛇遣いは、しろく薄い息を吐いて呟く]
私は…私をさげすむものは許さない…
あんたなんかに殺されてやるほど、私は軽い女じゃ、ないのよ…!
[朦朧とした意識は戻らぬとも、伏し目がちな瞳は猫のように爛々と]
死ねばいい。あんたなんて死ねばいい死ねばいい…!
あぁ、貴方の顔をよりも赤は綺麗なんだもの、もっと赤くなればいい
[半分気違いのようにひらめく鉈と
雪原に舞い散る赤は異国のものが見れば梅花と呼ぼう]
[恨み骨髄、一寸刻みにしてもまだ足らぬ――とは
世に言うが、女の腕に鉈では刻むに不足なようす。]
…氷り脛、か…
[降りしきる雪にも未だ隠れぬ肉塊が、大腿からも
足首からも切り離された脛の部分らしいと見分けて、
蛇遣いは齧るに好む馴鹿の氷り脛――アッザミを
思い出してぽつと零した。そっと、赤を避け歩く。]
お前――…
…………
[キィキィキィキィ…―――長老のテントへ向かう道中、吹雪の向こうに見える紅い揺らめき。地上に見えるそれは靡けどもオーロラではなく、見知る人の姿と知る。
横殴りに視界を塞ぎ始める吹雪の中では視界だけでなく音すら伝いにくく、アルマウェルが気づくかも定かではない。キ…キィ…―――悴んで感覚の薄れる手指を擦り合わせ、報せを届けようと彼の背を追いかける]
[うぐぐ、ぐるると愛らしくも獰猛なうなりごえ。
マティアスの口の中へ、ちいさな頭を突っ込んで
その舌へ喰らいつき――より紅くおおきな肉片を
齧りとろうと、仔犬が全身を振り立てている。
暫く見詰めるも静かに視線を剥がして、口を開く]
…
イェンニ。
[銀鉈の背で、マティアスの膝頭を叩き割ろうと
躍起になっていたイェンニは、その手を止めて――]
…姉様。ごきげんよう?
[近づいてきた姉と慕う人を眼に留めて。手は止まるのが酷く物惜しげ。
ネジが外れたような、それでも小春のような、血にまみれた笑顔を向ける。
いつもどおりの、伏せ目がちの天使のような笑顔すらみえそうな]
[吹雪く中では、近付く者に、その立てる音に、直ちには気付かれず――だが、はたと察せられて、足を止めた。僅かな間があってから、振り向き]
……レイヨ。
[雪の粒が入り込む視界。認められた姿に、その名を口にした。呟きに近い声は、相手には届かなかったかもしれないが]
――好きに、か……
そうじゃのぅ……見捨てて出て行っても気になるから、いっそ滅ぼしてしまえばあとくされもないじゃろうと思うただけのこと。
狼使いがいなければ……また別の考えになったかもしれぬがなぁ。
[村をでて、気にしないではいられないだろうから。
それならいっそ、と物騒なことを答え。]
[イェンニとマティアスが、互いの命のやり取りをするのを眺める。
どちらが生き残ろうとも、どちらも命を落とそうとも……どちらかに加担する様子は見せず。
トゥーリッキが現場に駆けつけるのを、宙に浮かび、薄く透けた身体で眺めていた。]
[アルマウェルの紡いだ音は半ば風に攫われ、眼鏡をかけど霞みがちな視界で口の動きも半ば読めず、けれど確かに名を紡がれたと感じる。キィキィキィキィ…―――振り向き足を止めてくれた彼に変わらぬ目礼を置き、面持ちや声の届く距離へ近づいた]
…………ヘイノが亡くなってました。
他にも誰か亡くなったみたいです。
恐らく狼使いではないかと思うんですが…
[ウルスラの遺体を運ぶ折の経緯―――マティアスやラウリの不在やトゥーリッキの姿があった事、ヘイノを確かめた折に狼使いの死を感じた事―――を訥々と語る。そうしてから暫くは黙り込み、吹雪の向こうへ顔を向けた]
たぶんまた誰か亡くなります。
…あの人をいかせてしまいましたから。
怪我をしてしまったのだな。
目の焦点が合っていないぞ?
…ああ、止めだてはせぬから。
[かける声に、笑みが含まれないのは常のこと。
蛇遣いは、イェンニの返り血含む豊かな髪を梳く]
いま、ひとくちだけ
つまみ食いをさせてくれるといい。
[すかれた髪に心地よさげに眼が歪む]
マティアスが私を殺そうとしたのよ?
酷い人。私は姉様に殺してほしいのに。
だから、仕返しよ。
[奮い立つ子犬はしたいがままに。
赤くどろりと流れる血に、喉が鳴る。
一度は刃を突きつけたその喉に、次は歯を立て肉を食いちぎるように。
至福のときだったやもしれない。そうぼんやりと思うのは、その後のことを覚えていないから*]
……そうか。ヘイノが。
留守は確認していたが……
狼遣いが?
[レイヨに聞いた内容に、思い起こすように。最後の語尾は疑問形になっていた。ややあって、頷き]
……それならば、ラウリか……
さもなければ、カウコか。
[ぽつりと発したのは、ヘイノの他に、暫く見ていない二人の者の名。どちらの死も男は未だに確認していなかった。仮定の後に沈黙。続けられた言葉に]
……あの人。
あの人、とは。
[浮かぶ姿は既に数少なくも。確認するように、尋ねた]
[髪を梳いて、頬を包んで。
ずらす指先を、イェンニの目尻からくちと差入れる。
夏のベリーを摘み取るように、妹分の。
右目をトルンと硝子体ごと引き出して――
舌の上へ乗せる態で、旨そうに喰らった。]
…身体が冷えぬうちに、湖へおいで。
[イェンニの喉から悲鳴がほとばしることはない。
塩気のきいた親指を軽く舐って、柔い声で誘った。]
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