―昨夜―
はい、これで大丈夫。
転び方が上手だったのでしょう。すぐに痛みも引きますよ。
[階段から落ちたというバクの背や腰に貼り薬を施し、治療道具を鞄にしまう]
――…。
[鞄の底には、紙に包まれた獣の毛。誰かに話すべきだろうか。惨殺現場に残されていた『証拠』の事を。
いや、と首を振る。まだ、ヒトガタの化物がいると決まったわけでもない。いたずらに皆を怖がらせても碌な事にはなるまい]
─ 翌朝 ─
[玄関の方から、女将と自警団員たちの問答が聞こえる。]
亡くなった人がいるのか……
[昨夜話題に上っていた、アンという女性らしいが。]
詳しい事情を聞いた方がいい、か?
[誰に尋ねたものか**]
[がんがんという、扉をたたく音がする。薄っすらと目を開けて、ここがいつもの自室ではないことを思い出した。
続いて聞こえてくる自警団の声で、行方不明だったアンの事を知らされた]
そんな…
[余り親しくないとはいえ、同じ村の人が死んだ、という事に衝撃を受ける]
[身支度を整えて、部屋を出た。白衣を着たユウキが、急ぎ部屋から出て行くのが見える。その背中を見送って、ふう、と大きく息をついた**]
[廊下に膝をついた状態で、検分に向かう医者を見送る]
一人差し出せだなんて……
[ゆらりと右手を口元に寄せ俯くと、髪が顔を覆った]
投票……
[着替えてから食堂へ出向き、チカノ>>0の言葉を繰り返して噛み締める]
あの剣幕では、自警団は本当に処刑をするつもりなのでしょう。
[人前では珍しく椅子に腰掛け、ため息を*零した*]
― 廊下 ―
[中庭に面した廊下、仏頂面で外を覗いている。
何で逃げ出したのかとか。
何でちゃんと宿に連れてこなかったのかとか。
宿の外での殺人で、何故自分たちが疑われるのかとか。
たくさんの思いが渦巻いて]
なんで探しに行かなかったんだよ俺。
[唇を噛む。迷い子を見かけるたびに笑ってくれたアンはもういなくなってしまった]
[「ありがとう先生。じーちゃんみたいには出来なくても。俺、頑張るから」
昨晩ユウキの、治療道具をしまう手が止まったとき、自分は勢い込んでそう言った。自分を治してくれる先生に、あまり暗い顔をしないで欲しかった]
……できるかな。
[中庭を向いたまま、膝を抱えて座り込む。
膝の間に顎を埋めて、つぶやいた*]
― 夕刻:食堂 ―
[三度の食事も、砂を噛むような味しかしなかった。]
別に、幽閉されとるわけやなし。
こないな村、皆で逃げ出してもうたら……、
[言いかけ、宿を飛び出したアンの死を思い出す。]
いや、……お嬢ちゃんの二の舞、か。
獣にせよ獣以外にせよ、危険なモンが居るのは事実。
[呟いて、大きな掛け時計を見遣る。
刻一刻と、自警団のやってくる時刻が迫っていた。*]
[聞き耳を立てて得た、姉と自警団員の会話に、新たな犠牲者の名前を知る。]
――そ、んな…
[言葉を失いつつ、ふと何かに気付いたように、急ぎ足で音を立てずに戻る部屋へ幽かに掠める衣擦れの音。]
せんせい、行っちゃうのね。
[医者が出向く。そして彼が戻る頃。
少女の安否が疑惑から確定に変わる。]
[ふと周りを見渡せば、都会からやってきたという編集者の男の姿が見えた]
グリタさん、でしたっけ?どうなさいました?
[グリタの部屋の方へと向かい、部屋を覗き込んだ]
そういえばグリタさん、どうしてわざわざこんな村までいらっしゃったんですか?
[笑顔を作って、グリタに話しかける。客商売なので笑顔は手馴れたものではあるが、若干口の端は引きつっているようだ]
この村で、今までこんな騒ぎ起こった事は記憶にないんですよ。本当に人狼とやらがいるのなら、外からやってきたんじゃないか、そんな気がするんですよ…
[そういって、じっとグリタを見つめた**]
[ふと視線の先に止める、水の張られた入れ物を覗き込む。
昨夜、部屋に持ち込んだ刻には、まだ仄温かかった液体は、昨夜と変わらず澄んだ水底から自分自身を覗き込んでいた。]
だからと言ってこれを証明出来る術がわたしには…
[自警団は告げていた。疑わしい者を差し出せと。
では、疑わしくない者を先に見つけ出し尽くせば。
しかし――]
もし、信用を得たとしても。
闇雲に素性を明かした所で、隠れ蓑にならない方の安否だって…わたしには――
[おぼこい思考ですら解り切ったこと。
誰に打ち明けられようか。]
誰かに…
[呟いて、部屋を出る。
3度の食事の支度は気丈に振る舞う姉と共に行った。
昨夜、照れ隠しに背中で受け止めた男達の軽口が、今はとても懐かしくさえ感じる。]
誰かに――…
[留まる人々を次々盗み見てはまだ、声をかけるものも見つからず*]
[壁時計が十一時を告げるのとほぼ同時に、畏敬弾が催促にやってきた。
ごくりと生唾を飲む。
玄関で応対する若女将は、眉根を寄せて低い声で自警団員へ問いかけた]
話し合いの結果ではなく、自分で挙手するのは可能ですか?