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[ふしゅう、と電車は一度到着しました。乗客の一人が降りていきます。でもここはルリの駅ではありません、もうひとつ先です。ルリは一度リュックをあけて、飴玉を取り出しました。そしてリュックを背負います。リュックにぶら下がるネームプレートが、ガンバレッ!って言うかのようにぽんぽん弾みました。もっとも、当たるのはリュックの背中で、ルリの背中ではありません。]
[でもルリは、確かに一つ大きくなったのです。
お行儀もなにもないことですし、もう何でもできる!とも、言えることではないのですが、ルリは、確かに、さっきまでのルリと一味違います。
だから、ルリには出来るのです。
あの怖い人に飴を渡す――ご挨拶することだって!]
『夏目漱石、お好きなんですか。』
[今度は明確に、返事が耳に届く。目線のみを向けると女学生はにこりと笑っている
顔の近くに添えられた本は同じく夏目漱石の"こころ"。
どうやら、先程のポルテとの事はあまり気に留めていないようだった
なれば、この女学生が見ていたものとは―]
[男(?)が出て行ったときに開いたドアから、
生暖かい風が入ってきていた。
わずかなそれすらも、男の眉間にしわを寄せさせるには充分。]
あっついな……。
[日差しは凶悪で、できるならばずっと電車に乗り続けていたい。
車内の冷房は男には丁度良く、日差しを遮る座席の位置も
大きな魅力のように思われた。]
[眼鏡越しに、秘めた思いをもって対峙する――
――なんて、言えればかっこいいのだが。
実際男子学生がやってることはガンつけだ。
そのうえ、対象は、寝入ってる同年代ではなく、
彼の鞄にくっついている兎だ。
かっこ悪さにかっこ悪さをトッピングした動きは
電車の片隅でしずかに行われているのだった。
そして弓道部男子学生は、やおら、行動を起こした。]
[彼はやりたいことをやりたいように
為して立ち上がる。
自分の作り出した光景を幾分か満足げに眺め、
そして少しだけ、首をかしげた。
寝入る学生の両手だ。
ペンだこのようなものか、
指先に現れている微かな徴を見、
それから自分の手を見て、小さく肩をすくめると
学生の前から去った。
振り返らず、一番前の座席までいくと身を預けた**]
[今度は明確に、女学生の方を向いて]
…基本的には古典文学全般が好きだが、その中でも夏目漱石は読み易い
だからだろうか。ふいに読み返したくなるんだ。
まぁその点では、好きなんだろう。
[平坦な声で、返事を返して]
…君は?
[問いを投げ返した]
[探すわけではない。
断じて、心配しているわけでもない。
だが――男は先程見掛けた少女がどこに座っていたかと、
狭い車内をもう一度改めた。
自分の不安が、具現化されているような気がした。]
あ、あの。なにかの縁ですし。
良かったら……。
[ガサゴソと、鞄の中から。
丁寧に折りたたまれた紙を取り出して。
震える手で、「イケメンさん」に差し出した]
(お願い、受け取って――)
[天にも祈るような気持ちで]
[向井はまた、ぼんやりと瞼を持ち上げた。
扉が閉まる音を聞いた気もしたが、
列車は既に走り出している。
慌ててもしょうがない。それでも時間を確認しようと鞄の中にあるはずの携帯に手を伸ばし――]
……ん?
[不細工でも、一応兎はぬいぐるみだ。
なのに、なんだか固いものが手に触った]
[向井は車内を見渡した。
前に座る学生。
ボックス席の大人と……女子高生?
それに
向井は、ここではじめて、車内に小学生がいることに気がついた]
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