[あまりの非現実的な光景に、錘が先程のフロアに放り出されたことなど頭に入っておらず、やがて狭い箱の中、壁に背を預けるようにずるずると座り込んだ。]
……追い出されて、くび?
……追い出さなかったから、くび?
[少なくとも、誰もが誰も追い出さなかった。
強いて言うなら自分とサヨが錘を追い出そうとした程度。]
―――ひとり、
[廻る思考はあれど、声になったのは、そこだけ。
それがどういう意図で落とされたのかを汲み取るには、あまりに抑揚の無い小さな声。]
[座り込み低くなった視界。視線は上げも下げもせず、次の停止フロアで起こりうる現象を思う。]
追い出す、は……身代わりとか生け贄、って
ことなのかと考えてみたんだけど……
[躊躇うような、少しの沈黙の後、小さく添えたのは]
もしかして、"正解"を選んだら、助かるのかな……
["ひとり"であることの意味。
"不正解"を選んだらどうなるのか、までは思考が無意識に逃げてしまい言及はせずに。]
[膝を抱き、視線を落として床を見つめながら]
怪談話や怖い噂って、だいたいは
助かる方法、あるよね……そんな感じでさ。
[怪談話、と自分で口にしながら背筋がぞくりと凍る。
助かる方法がない話もあるが、縋るにはそこしかなく。
少なくとも、何もしなければ希望はないのだろう。]
……わかんないけど。
[そしてまた少しの*沈黙*]
ああ、そうだ。
おきゃくさまが荷物を置き忘れた…と、しよう。
…ナオ。
黄色い錘だかテントだかを、拾ってきてはくれまいか?
[それこそ性質の悪い冗談だと、私は目を逸らした。**]
チカノ、その冗談、笑えないよ。
冗談なら、もっと笑える話をしなよ。得意でしょう?
[咎める、それよりは少しでも張りつめた空気を和らげようとするけれど、やはり私も失敗して嫌な気持ちだけが残る。]
正解、って。また誰かを犠牲にするの?
それとも――…、ごめん、言い過ぎた。
[冷製に努めようとすればするほど、空回りする感情。
漏れそうな思いを押し留めるように、私はありきたりな言葉でそっと口を噤む。]
『助かる方法、か』
[藁にも縋りたい思いで落とされたであろう、ワカバの考えを頭の中で反芻する。
今置かれている状況が、「終わりのある」話ならば。
あるかもしれないが――。
うつろな眼差しで天井を見上げながら考えていると、再びチカノが笑えない冗談を紡いだのを耳にした。]
――ねぇ、チカノ。その笑えなさすぎる冗談、
ナオに強要しようとしているなら…
[点滅する明かりが。追い詰められた状況が。
私の冷静さを内側から少しずつ欠いて行くのが解る。]
[痛そうではなかった。
苦しそうではなかった。
どちらかというと、いま此処にいる
友人たちのほうが――と考えかけて、
周囲の会話に意識を揺り戻される。]
…マシロ…
[内なる均衡を崩す態でチカノへ
言い募る友人の名をつぶやく。
先刻の八つ当たりへ置かれた謝罪には、
まだ応えていないまま。]
[それから、風変わりなチカノを見る。
生首だけであっても、生きていた
―ように見えた―アンがいたのに
凶悪な重量の錘を放り投げたことや、
何やら念入りな凝視をされたことや、
こと此処に至って『悪戯』やら
『趣味』なんてはじめに喩えたことや、]
[常は横紙破りを地で行く彼女が、
こんなときだけ遠回しな物言いで
"追い出す"とやらの行為を
ナオで試そうとしていることに、
ひどく、ひどく 理不尽を憶えて]