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[初音は耳を澄ませる。
波音だけだ。
音楽は聞こえない。]
……誰か、探そうか。
きっと、ナミさんとわたしだけじゃない。
この世界に呼ばれたか迷い込んだかした人が、
他にもいると思う。
[猫にそう決意を告げると、初音は木陰に学生鞄を置き、
ヴァイオリンケースを開けた。]
[帽子をかぶっているでもなく、日焼け止めも塗ってはいないので、どこか日陰はないかとあたりを見回し]
ここは、もしかして、うみのそば?
[立っている地面は白い砂地。
空と同じく青い水が向こうに見える。さっきから聞こえていたのは、白い波が打ち寄せる音らしい。]
これが、海……。
[この国に来る時の飛行機の窓から以来、海を見たのは二度目だ。]
[手の汗をハンカチでよく拭うと、ヴァイオリンを取り出し、
緩めていたペグ(糸巻き)を調節する。
4本の弦を順番に指で弾き、音叉と音を聴き比べること数回。
取り出した弓のねじを回し、弓毛に松脂を塗り、
初音は立ち上がった。
呼吸を整え、あご当てに布を挟んで、肩と顎でしっかりホールドする。
弓を構えると、まずは練習がてらに短い曲からと思い、
エドワード・エルガーの『愛の挨拶』を奏で始めた。]
[エルガーが友人の婚約記念に贈った曲はすぐに終わる。
3分足らずのロマンティックなメロディを耳にした人はいただろうか。
次はフリッツ・クライスラーの『美しきロスマリン』。
初音は『愛の喜び』『愛の悲しみ』と演奏を続ける。
ロマンティックで甘やかな響きのこれらの曲は、演奏される機会も多く、
聞き知った人も多いだろう。
全部合わせて15分も経っていないが、演奏に集中していると雑念が消えていく。
初音は何度か深呼吸すると、
パブロ・デ・サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』を弾き始めた。
ヴァイオリンの音を嫌う猫は多いらしいが、ミモリはどうだったろう?
その姿が見えなくなっていても、演奏に集中した初音は気づかなかったに違いない。**]
[さらに15分ほどかけてヨハン・ゼバスティアン・バッハの『シャコンヌ』を力強く弾き終えると、
初音は大きく息を吐いて弓をおろした。
汗は引いたけれども、風が来ないせいか、じっとりした暑さを感じる。
もう1曲だけ弾いたらここを移動しようと初音は思った。
大きなタブノキの枝葉を見上げ、元気の出そうな曲をしばし考える。]
[葉加瀬太郎の『情熱大陸』を選んで、初音は弓を構え直した。
どこかもの悲しい印象のイントロから、
雰囲気の一変する陽気なディスコテイストのサビのメロディへ。
脳裏にピアノの伴奏を思い浮かべながら、初音は片足でリズムを取る。
数分間でくるくると表情を変えるメロディは、
TV番組のタイトル通り、聴く者に強い“情熱”を感じさせるだろう。
今、この近くに、
見知らぬ異世界へ飛ばされて途方に暮れている誰かがいるならば、
この曲で勇気づけられるだろうか。**]
[問いに先ず返ったのは惚けた声。
ウミにしてみれば考えていたことの継続であるため、流れとしておかしいことは無いのだが、聞かれた側には唐突に思えたことだろう。
それでもゼンジは問いの答え>>76を返してくれる]
そうかい。
そこらはやはり人それぞれじゃのぅ。
年を経れば辛い過去も笑い話になる時が来る。
そうして話せる相手が居ったり、思い出せるうちはええのかもしれんのぅ。
忘れてしもうたら、それすらも出来ん。
残念なことじゃ。
[ウミが考えるような境地にはまだ遠い、と言うゼンジにしみじみと言った様子で言葉を向けた]
まぁ、わしら程年を食うてしまえば、忘れたことも笑い話になってしまうのだがの。
[次いで、とぼけるように笑いながらそんなことを言う]
引き止めてしまったかの。
探しものが見つかるとええのぅ。
[ゼンジもまた兎に頼まれているのだから探すのだろうと考え、そう言葉を向けて彼を見遣った*]
[──波の音に何かが紛れ込む。
どこかで聴いた覚えのある調べ─実は下宿先の近所のスーパーの閉店前に流れる曲だった─は、少し離れたところに見える大きな木の方から聴こえてきたようだ。]
誰かいるのかな?
[そちらに向けて歩き出す。]
…こんにちは?
[当たり前のように目の前の兎が口を開いて
ふしぎと、理解できることばで
思わず畏まって挨拶を返してみるけれど]
鍵?空間?
[早口に、器用に発せられる声の紡ぐ内容はてんでわからない。
帰れない、だなんて困っちゃうけれど
―帰るって、何処から?
彼もわからないのならあたしはもっとわ
からない。]
…あっ
[そうして首を傾げているうち、あっという間に飛んでって。
なんだったの、と疑問符だらけ。
追いかければどこか、不思議の国へ行けるかも、なんて飛び去る姿を眺めては]
…何処かしら?
[よくよく見たら、やっぱり違うその場所に
とりあえず、ちょっと歩みを進めてみる。]
[進む先。曲がる角のあちらこちらに花が咲いてて。それも、朝顔。
夏を彩るようで、心が踊る心地。
そうして足を進めては、気付いたら大きな道路に。 ]
………、此処…―――
[海だった。
目の前いっぱいに、視界を埋め尽くすコバルトブルー。
吹き付ける潮風、遠く遠く広がる空。
瞬きしたって、確かに其処に。
同時、胸に埋まった記憶が溢れ出すような
とにかくいっぱいで、満たされて、ちょっぴり苦しいくらい。
その懐かしさに、ただ呆然と海を見つめて。]
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