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[救われたのでないことは、狼に運ばれた供犠にも
知れたはず。或いは――少しは救われたのだろうか。
誰とも知れなかった、村の敵を目の当たりにして。
ドロテアの頬を両の手のひらに挟み間近に見遣る。]
…時の対価は、あたしが受け取ろう。ドロテア。
[声音に、面持ちに、感慨がどれほど滲んでいたか、
大蛇を伴う遣い手は、自らを知ることが出来ない。
静かに俯いて、ドロテアの耳元へとくちびるを寄せ]
[齧りつく。その耳に。
贄の頬を押さえるままに、じわり 顎を振ると
みちみち ぷち ぐぱり
かたち好い耳枠が裂けて、軟骨と生肉が見えた。]
…そう。ひとりじめさ。群れは飢えるよ。
[溢れる血は、勢いがなければ忽ちに珠と凍る。
一度犬歯を離し、円いそれをそろりと啄んだ。]
だから、お前の望みは叶う。
もう二度と――お前のような目に遭う者はいない。
[口腔に溶ける紅いドロップ。苦い。凍土の如くに]
[ひとつぶ が ひとしずく になる。]
( … 見ているかね。 )
[ひとつぶ を ひとしずく にする。]
[唇は、飢えて愉しむ対の者へと言う。]
[供犠に抗う気のあるもなしも、意には介さない。
のたりと動き出した大蛇が――ドロテアの両腕を
胴ごと巻き込んで、身動きを奪ってしまうから。]
次からはもっと。
…もっと、惨い目を見ることだろう。
[相手の胸奥へ置いてくるような、冬凪の声音。
遣い手は、改めて供犠へ屈み込むと千切れかけた
耳をようやく喰い千切る。ぴ、と跳ねる神経の糸。
供犠の鮮血は、枠を無くした耳孔へと流れ込んで
以降に聴こえる音へごぼがぼと異音を混じらせる。]
[覚めた蛇を伴う遣い手は、ドロテアを喰らう。
叫びがあるなら聴こう。
詰りがあるなら聴こう。
沈黙の中からさえ、染み入るものはあるから。]
……
[群の狼たちは、頭目の晩餐を邪魔立てはしない。
飢えながら粛々と――供犠たる娘の骨を埋めた。]
[原型を留めぬ躯の上へ、
静かに落とすのは…ドロテアの黒い被りもの。
特徴的な飾りはオレンジ色の薔薇と、孔雀羽。]
…そう。いつだったか、この娘。
オレンジを…見たことがない と言っていた。
[無論、そのいろの名の香りも、…その味も。]
骨鈴―― お前も 同じなのか? …
[北の地に愛されて生きた娘は、ここで死んだ。
遣い手のどちらもが口を噤んだままならば――
雪解けを迎える季節にのみ、事実は*晒される*]
[トゥーリッキの姿を視界に認めた。目前で見上げられると、男は見下ろす形になり、視線を合わせ]
……どうか、したのか。
[相手がそのまま黙していたなら、促すようにそう言って。
何かを言われれば、じっと聞くだろう*]
―村の外れ―
[極光舞う明けることのない夜空。
止んだ遠吠え――本来はそう在るべき静寂に、戸惑いを感じていたことに驚いた。
俯き、少女の魂の平安を――せめて、祈り。
そのまま、立ち並ぶ家の外れに佇む自宅へと帰還した]
[やがて、ドロテアがその役割を果たした事が知れれば――男は容疑者達に、あるいは村の者達に、それを伝えに行くのかもしれない。多分に察せられただろう不幸を、再確認していくかのように。声色や素振りに感情は乗せず。ただ普段と変わらない憂いを孕んだ瞳をもって、使者の男は在る*だろう*]
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