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朝
――おはようございます。
[警備員の男の姿は
普段と変わりなく受付にあった。
朝早くから訪れる見舞い客、医療業者、
それらを見守り、一日が開始する。]
―屋上―
[屋上のとびらは、ちいさな音を立てて開きました
ひんやりした風がながれてきて、なんて気持ちが良いのでしょう
そのむこうがわには、どこまでもあおい空と、ひとりの人がいました]
「嬢ちゃん、入院患者かい?
ここは寒いぞー」
[その人のことばに、わたしは首をかしげます
ほかに人がいないから、きっとわたしのことなのでしょう
嬢ちゃんなんて年じゃあないのに。
わたしはちゃんと、お酒の味もたばこの味も知っています
でも、そう呼ばれるのは嫌じゃあありません
かみさまのおともだちが、そう呼んでくれていたから
だから、わたしはにっこり笑うのです]
風が、気持ちいいんです
[ときどき、風のなかに、かみさまを感じることができるから。
わたしはポケットからハイライトブルーの煙草の箱と、かみさまが使っていたぎんいろのジッポをとりだしました
ひろくんには似合わないと言われたけれど、わたしはこれがすきなのです]
[取り出した一本を口にくわえて、火をつけました
この煙草はずっしりと重たくて、わたしはさいしょすきではありませんでした
かみさまもわかっていたのでしょう、真似っこをするわたしをみて、驚きはんぶん、呆れはんぶんでした
けれど、今はわたしはこの煙草がだいすきです
舌にちょっぴり痛みをかんじながら、煙草を口からはなして、ふぅと息を吐きました
真っ白な煙がふわふわと立ち上るのを見て、わたしもこんなふうに上へ、もっと上へといけたらいいのにと思います
かみさまのところに行きたい。**]
屋上
[微笑む来訪者の言葉に一瞬、瞳を瞬かせた。
しかしなるほど、確かにここは気持ち良い。
少なくとも、陰鬱とした空気を感じる院内よりは。]
んだな、海からの風がやさしくて…、
[と、わらって彼女を眺めていた男は
"嬢ちゃん"が煙草を吸い始めたことに再び驚いた。
それも、女性には余りにきつすぎる銘柄だ。
天へと思いを馳せるかの如く白煙を燻らせる姿を
暫し、じっと見つめて]
そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…
[自分に言い聞かせるような呟き。
酒に溺れては家族に手を挙げ
やがては彼等を失ってしまった。
自覚しているのに、止めることは出来ぬまま。
酒と、そして煙草を吸っている間だけは、不思議と
胸の痞えが取れるような
そんな錯覚の中で手放せぬ嗜好品と化していた。
娘のような、孫のような妙齢の女性と
一緒に吸う煙草はさぞかし旨いだろうと感じつつ
ごそり、ズボンのポケットに手をやり
くしゃくしゃになったパックの中身、本数を数える。
残りは5本。次は何時買えるかわからない。
旨そうに吸うお嬢さんを眺めるだけにしておいた**]
「そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…」
[たばこに口をつけて吸いこめば、ずっしりとした煙がわたしの胸の中を埋めてくれるようでした
すこしずつ消えていくわたしを、これがつなぎとめてくれているような気さえしました
だから、生きるために必要といえば必要なのでしょう
なのでわたしはおじさまのことばに頷きます]
好きだったんです。
かみさまが、この煙草。
[ふわりと風が吹いて、わたしの長いみどりの黒髪を撫でていきました
かみさまが褒めてくれた、自慢の髪。]
[献血にご協力ください。
そんな張り紙を読みながら、少し冷めた珈琲を啜る。
若者は貧血気味で、献血を行った事が無い。
こう言う張り紙を見て、人は献血をしようと思うのだろうか。
無いよりはまし、と言う事なのだろうか。
それにしても、もう少し興味を引く張り紙でも良いと思う。]
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ほんの五分でお腹いっぱい
[怪しいバイトみたいだな。
自分で口にしてみて、何か違うと思った。]
[椅子に深く腰掛け、顔を覆う。
どこともしれぬ身体の中が、じくりと痛んだ]
はぁ―――……
[長い、長いため息をついた。
近くに、自分を認識している女性がいることを思いだし、少しだけ背筋を伸ばした]
[何の変哲もない人生だった。
家を出て、就職をして、実家には両親も健在だ。
けれど、入院したなんて言えない。
一緒に暮らす人も、心配してくれる人もいない。
仕事だけだった。
それだけが生きていく理由で、術で、全てだった。
会社員
そういうレッテルを喜んで貼られた。それしかなかったから]
部屋にいると、暇でね…
[病室も、自分の部屋も。
名前もしらぬ人に、独り言めいた言葉を零してしまう。
「寂しい人だ」
胸のなか、はっきりと言葉にする。
自らを哀れんで、伸ばした背筋がまた少し丸まった]
― ロビー ―
よっこらしょ
[しばらく老眼鏡で何とはなしに文芸春夏を読んでいたが、同じ体勢でいたので少し疲れてきた。
眼鏡を外すと腰を上げて周りを見回す。
2,3人、このロビーの常連の入院患者の姿が見えた]
あらあら、新聞はシマさんにとられちゃったのね
シマさん読み始めると長いから
今日は早めに帰ろうかねぇ
はぎれも探さないとだし
[お嬢ちゃんが遊ぶのかい、と聞かれて、最初は少しむくれたような顔をした女の子が、笑顔を浮かべたその表情を思い出して、自分もにこにこしながら、まったく…と呟いた]
2人であそぶとしたら、5個は作らないとだねぇ
やれやれいそがしいいそがしい
ああ、小豆も買い物当番の職員さんにたのまないと
スーパーに売ってるし、お願い代もかからないでしょ
[すっかり自分も一緒に遊ぶ気になっていた]
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