ナオのはじめの一歩は、軽く蹴躓く。
――ころりと転がるのはサヨの生首。
ひとりしか通るいとまなく、
エレベーターの扉はすぐに閉まる。
動き出す。
[蹴躓いたナオは、走り去っていった。
"それ"を、走ると表現して良いものならば。
そしてサヨの"それ"は…筆舌にし難かった。ブザーが鳴る。]
えいっ…とうっ
[とす…と手刀ひとつ。マシロのおでこに打つ。
まるで何かを追い出したいかのように、続けて幾発も。]
マシロ。私は判る。そう言ったはずだ。
[見つけたの。でもその霊感。本物なの?私は小首を傾げる。]
["追い出す"ことは、言葉ほど簡単ではない。
躊躇いとか、偽善とか、そういった言葉がついてくる。
サヨの手をにぎったまま、マシロとナオを見つめていると、ナオが上の階に放り出したあの錘をとるためにか、本当に降りてしまった。]
あ……、待っ
[いざ行かれると怖いなんて――ひどく身勝手で滑稽だ。]
[けれどナオに気をとられた一瞬――ほんの一瞬に。]
……サヨ、ちゃん………?
[手にしていた体温は少しの余韻を残して薄くなる。
みえたのは、まだ余韻消えきらぬそのひとの――くび。
隣をみることができない。
けれど手探りに、彼女の手を探すかのように手はふわふわとサヨがいたはずの場所を泳ぐ。]
[そんな中、何かを祓うようにマシロをはたくチカノ。
うつろな目を這わせて言葉の意味を舐める。]
チカノちゃん………?
[判る、と。
霊感だと言った彼女がマシロを"そう"と判別したらしい。
けれど――]
もし、誰かが犯人、なら。
どのみち私には……。
[暫しチカノを見つめた後、マシロの言葉を待つように視線を動かした*]
[チカノの言いなりになって、駆け出したナオを。
私は止めなかった。むしろ自分の状況がとりあえず無事になるだろうと思い、胸を撫で下ろした。
卑怯だな。
自嘲した。
その矢先に見えた、サヨの頭が転がっている光景も。
私はただ、見送った。]
[「3分間だけヒーローになれた」。
それはサヨに似つかわしくない言葉だから。
私は空耳だろうと思うことにした。
たった数分の間、アンが生首になり、更にサヨまで生首姿になった。そんな状況下で冷静で居られるはずもない。]
ねぇ、エレベーターが無事一階に着いたらさ、ナオが食べたがっていた「「あみん」のパンプキンパイ」、買いに――…
[室内にはもう、強制退去を命ずる声はなく。ただ警告を告げるようなブザー音だけなっている。
私は憔悴しきった顔で二人を見ようとしたが。]
――…あのさ、私が何をしたっていうのよ。
[まるで壊れた機械人形のように、額へと手刀を繰り返すチカノに。私は呆れながら文句を言った。]
知ってるよ。霊能とかっていう奴だろ?
夏にお誂え向きの話の延長かと思ってたが…気でも触れたか?
[そう、さっき確かにチカノは言っていた。
悪戯する者が判る、と。]
それと、誰かが犯人ってさ…
[私はヒールを軸にくるりと向きを変え、ワカバを見つめた。]
なぜこの中に犯人がいるって思えるのかな?
こんな狭い部屋に居るのに。首だけ先に置ける訳ないでしょうに。
私は、七辻屋のまんじゅうがいい。
[そう言いながら、もうひとつ。
少女は手刀を見舞おうとして、その手の行き場をなくす。]
…なるほど。マシロ。楽しそうだな。
私を見逃して、何をしたいのかと思ったが、そう言うことか。
[君も、いつも楽しそうだったよ?私は失笑する。]
うん。マシロの言うとおりだ。
私の主張はいつものとおり、横車に過ぎる。
証明する手立てはない。だが、私には判る。いや…判った。
だから…後はワカバに託そう。それしか、ないだろう?
[それで良いの?私は、気遣わしげにワカバを見やった。]
[マシロに問われても、ふるり首を振って肩をすくめる]
人為的な悪戯とかなら、こんなことになってない。
私たち全員、祟られちゃったんだと想ったけど。
[3人だけの空間に響くブザー。
"ひとり、追い出してください――――"
さきほど壊れたスピーカーから聴こえた声。]
ひとり。追い出すためには。
追い出すための理由がほしい……
犯人って表現、まちがってるかもしれない。
でも、もし"誰かがしてることなら"って仮定が――
[ほしいんだよ、ともらす声は小さく。]
無事でいられたら……、……いいや、はきそ。
[おやつを想像しようとしてみたが今の状態では失敗だった。
"くびになった"2人の生死もわからず、ナオもどうなったのかわからない今、皆で、なんて安易な考えは霧散して。]
……えっ、 託す、って え、
[責任逃れは悪い癖。託すと言われて焦る声。
無情にも現在進行形でエレベーターは動いている*わけで*]
マシロ? …誰、それ。
愉しいね。嬉しくて仕方がない。
追い出す理由? 理由なんて無意味だ、ワカバ。
だって、次の階で、君は「私」に追い出され――
チカノが首になるんだから。
[きっと、長い髪は美しく扇状に広がるのだろうと。
チカノへと伸ばす指先に力が入る。]
それはそうと。君を残した理由はな、
鬼ごっこをするには鬼と、追う者が必要だ。
ただ、*それだけだよ*
困る。と言っただろう。
[苦笑いというには苦しそうな笑みを浮かべた少女は、
マシロにふたつの手刀を振るう。その両肩を手で掴んだ。]
捕まえた。だが、残念ながら…私も鬼の部類だ。
[ナオにとってはね…
おや?チカノの時間だけ、少し進みが早いような…。**]