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[そういいながら部屋の中を見渡す。
老婆にとっての人形のようなものは、一見しただけでは部屋の中にないような気がして]
小春ちゃんは、お人形よりも
もしかしたらバレーボールかねえ。
このお部屋から出れたらよ、
病院の、同じくらいの年ごろの子とバレーしてみたら
楽しいリハビリかもねえ。
このお部屋からじゃア見えないかもしンないけど、
病院の中庭ならァ、できるし――……
よく歌い手さんがねぇ、そこで 歌ってるのさ
行ってみるといいよう。
お邪魔しますね。
[室内からの反応を受けて静かに扉を開く。
先日と同じように目深く帽子を被る柏木の姿よりも先に伝うは絵の具の香か。消毒薬に慣れすぎた身にとってそれは酷く新鮮でもあり、違和感でもあった。]
―――…あ、……、
[最初に目に飛び込んで来たものは、キャンバスいっぱいの、色、色、色。
抽象的に描かれたその絵画の前に佇み、暫し圧倒されるように見つめていた。
じっと見つめていると、何となくこれが空、これが人の姿、口、と、理解出来た気がした。]
何というか、……迫力ありますね。凄く。
……女神、みたいな感じ、ですか?
[解釈、間違っているかもしれないけれど。確かめるように柏木へと視軸を凪いで]
バレーボール…うーん、なるほど。
[確かに置いてみるのは良いかもしれない。色々と励みになるかも。]
そうですね、出来たらやってみたいですね。
頑張って、この部屋から出たら、リハビリで…うん。
[希望がわいてきたと思う。歌い手さんと言うのは今日聞こえた気がするアレの事だろうか。]
そっかあ、中庭あるんですね。
知らなかった。即入院、って感じだったので。
[これも、元気になるモチベーションだろうか。
おばあちゃんの話は聞いてて楽しい。
色々と話したと思うけど、しばらくした後に検査とか何やらで面会が終わりと言う事になってしまった。]
気が向いたら、また来てください。大変かもしれないですけど。
[寂しそうに笑って、見送った。**]
[孝治の姿には気づかずに――気づけばまたよろしく、なんて言葉をかけただろうが、それはまたいつか――キウイを食べて病室へ戻った。
午後早くに検査を終え、また夕飯まで暇になった少女は、濃紺のカーディガンを羽織って入院棟を出、夕暮れの中庭を目指した]
ンフフフ
婆ちゃんは長いことここに居るからね
なんでも知ってンのさ――
[面会の終わりを告げられ、腰を浮かす。
抱きかかえたままの人形の、きしきしとした金髪が垂れ下がった。]
もう こんな時間かい
悪かったねェ長居しちまって。
こんな萎びれたババアで良かったら、
また来るよォ
今度ァ、出来りゃあ同じくらいの年の子も
連れてくるよ
[その表情に思わず付け足された言葉。
老婆の黒い眼は弓なりに細められたまま、ゆっくりと言葉を紡いで病室を後にする。]
/*
あ、しまった
今日死ぬのはアンちゃんだけか←どんだけ素人なの…
死ぬかもという気満々で動いてた。
いつ死んでもいいように軽く狂ってきたというのに、一日早かったな…orz
くっそ、駆け足でエンカしすぎたなもったいない…
結城先生。今日は。
来て頂けて嬉しいです。
[病室に入ってきた結城の姿を見ると、まずそう挨拶をした。それから、置いていたカンバスの上の絵を見つめる様を、サングラスの下から見つめて]
女神。
そうですね、それは……
そうなのかもしれません。
[訊ねられれば、少々迷った風に言葉を発した]
昨日、中庭で見た景色をイメージしたんです。
それで、描いていたら……
……なんだか、歌が聞こえた気がしたんです。
あの……オトハさん、の歌が。
だから、その歌の色になったんです。
だから。
女神に見えるのなら、きっと彼女が理由でしょう。
[色の洪水、極彩色の乱れ舞うこのキャンバスこそが、柏木に見えている世界、なのだろうか。
確かに、人の心はこんな感じなのかもしれない。
生と負がひしめき合い、時に青く、時に赤く……『感情』に色をつけたらきっと、このような感じなのかもしれないと。
けれど、僕の世界は―――…
いつからだろう。色を感じられなくなったのは。
海の青さえも、侘しい灰色に感じるようになった気がした。
あたたかな赤に、包まれていたい。
鮮血の赤に包まれたら、僕の世界ももっと、色鮮やかなものになるかも、しれない。]
病室
[その場を去った老人の姿は、割り当てられた病室に向かった。
寝台に腰掛け足をさする。下から上、上から下、見様見真似の手つきで繰り返し。
脇に置いた金髪のセルロイド。
横たえようが、その眼を閉じることはない。]
孫……ねえ、あの子ァ
今幾つだろうねェ
大きくなっちまったら、もう、
お人形はいらないだろうねェ
[足のだるさを訴えて、昼飯は病室で食べたいと声をかけた。
その声音は看護士に対するものというよりか、少し甘えたような声音だった。]
中庭
[音楽のない、ただの庭。
少し前までは、空も見え、歌が世界を広げていたけれど]
狭い、なぁ
[ベンチに腰掛け、中庭を取り囲む壁や窓を見渡した。屋上の柵から、地面へ――何か、落ちている。駈けていき、きらりと夕暮れを反射した何かの前にしゃがみこむ]
[それから、老婆は眠った。
長らく歩いたからだろうか、エレベーターを使わない という無駄な努力を、鎌田小春に会った後に試みたせいだろうか。とにかく老人は昼飯を食べた後に昏々と眠り、その際もセルロイド人形を離さなかった。
目をつむり、眼さえも顔に刻まれた皺のような風体をしながら、その胸に抱いた人形は決して目をつむらず、真白の天井をずっと見つめていた。]
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