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[遠のく意識。
次に気がついたときには
見えるはずのないものが見えるようになっていた]
……ビャルネかい?
[そこで確認する。
自分が既に*この世のものではないことを*]
[それは何時ごろ行われた惨劇だろうか。
あらたに雪が赤に染まったころ。
その様子を見ていた男はふと、聞こえた声に視線を向ける。]
……ウルスラ、お主もか……
やはり、死してもそう簡単に、この村からは離れられないようじゃなぁ。
[うすらぼんやりとした姿で宙に漂う男は、
獣医の言葉に静かに声を掛けた**]
[歩みを、ふと止めた。コートの前、ボタンとボタンとの間にある隙間に手を入れる。取り出したのは、ベルトに挟まれていた物。普段はコートに覆い隠されている――幾つかの武器の一つ。
刃渡りは二十センチ程だろうナイフ。革製の鞘を取り去ると、銀色に輝く鋭い刃が現れて]
……、
[その光を見つめる瞳は常よりも色濃く憂いを孕む。
時に危険を帯びる任のさなかで。
男は人を傷付けた事がある。そして――殺めた事も]
―――…、………
[カウコが去って後も焔を見つめて、思索に沈み揺らめく色を見ずとも写していた。車椅子に座して考えていたのは経験のない人の殺め方かも知れず、揺らめく焔が面持ちの影を濃くする]
いかす術は…―――
[胸元にしまう丸薬の容器を服の上から摩り、車椅子の背にそっと忍ばせたのは草木を刈る用の使い慣れた小さなナイフ。手に馴染み見慣れたはずのナイフは、別物のように写り眼差しを細める]
…しないでなくのはたくさんだ。
……飽和を。終末を。
そのようなものが、なくとも。否。ないとするならば。
私は。どうすれば、良いのだろうか。
[ナイフを持った腕を降ろし、呟きながら歩く。やがて見えてきた姿に、立ち止まった。ウルスラ。抜き身のナイフを手にした男の姿は、彼女の目にはどう映ったか]
……ウルスラ。
[呟くようにその名を呼び、一歩一歩、近付いていく。それに伴い、彼女は離れていこううとしただろう。その距離を詰めていく間は、悩む間のようでもあった]
書士 ビャルネは、ここまで読んだ。[栞]
[突然に一歩、駆け出すように踏み出して、空いている方の手でウルスラの腕を掴んだ。ウルスラは驚いたような表情をしたか。その顔に顔を寄せ、間近に見下ろす。ナイフがなければ、愛の告白をするかのような様]
……すまない。
[だが、囁く言葉は、愛ではなく謝罪で]
あるいは。謝るべきでは、ないのかもしれないが。
それでも……
[見た目は細身気味ながら、充分に力を具えている男は、女である相手を逃す事はない。ウルスラの表情に焦燥や恐怖が浮かんだなら、僅かに眉を下げて]
[ずぶり、と。その胸にナイフを突き立てた。切っ先から沈んでいく刃は、およそ正確に心臓を捉え]
……
[滲み出る血が刃を伝い、白い手袋を赤く染めていく。一度捻るようにしてから、ナイフを抜き取った。掴んだ腕を反対側に押すようにしながら。その反動でウルスラの体は背中から雪の上に倒れ]
……嗚呼。悲しきかな。
[倒れゆく体から勢い良く噴き出す血を、男は浴びた。多量の血によって、紅いコートはただ濡れたように。代わりに、薄い色の髪と顔に飛び散った血が目立ち]
[そして、眼鏡のレンズにもかかった血のせいで、視界のところどころが赤い点で隠されていた]
……刻み込まなければ。
どこまでも……幾つも、幾つも。幾つも……幾つも……
[どこか熱に浮かされたように呟く。その場に既にレイヨがいたか、訪れたならば、そこで気が付いたように其方を見やっただろう。向けるのは虚ろな瞳。血に濡れた姿で、一瞬、仄かに――口元へ、笑みを浮かべて。
普段けして浮かべないそれは、愉しそうでも嬉しそうでもない、形だけをなぞったような物だっただろう]
[見えぬ方が聞こえるものもあろうかと、マティアスの言葉を思い返し曇った眼鏡ははずしたまま。キィキィキィキィ…―――車椅子に座す求道者はウルスラの家を目指して、道中にアルマウェルと探し人の姿を捉える。
滲む視界でなければ逆に彼らは愛を囁きあって見えたのかも知れないが、今はそれがどんない遠くとも仲睦まじい二人でない事を見て取れた。まだ会話は聞こえずも、瞳を凝らすより彼らに近づいていく間に―――アマルウェルの振り下ろすナイフ]
………あ…ぁ―――
[急いで向かうより静止を叫ぶより誰かの名を紡ぐより、ただ掠れたうめきにも似る音が洩れる。ウルスラの倒れていく姿を、血を浴びる紅いアルマウェルの姿を見開いた滲む視界に写して呆然と…]
………アルマウェル…
[眼鏡をかける事もつるに歯を立てる事すら忘れ、血に濡れる彼を見上げる。幾つも幾つも―――繰り返される言葉の意味を汲めず、向けられる感情の読み取れない滲む笑みに眼差しを細め、下がる眉は前髪に隠れど面持ちは隠せず]
どうして…―――
[震える口が掠れた声で問いにならぬ問いを零し、眼鏡をはずそうとしてやっと眼鏡をかけていないのに気づく。眼鏡を取り出しかけなおせば、輪郭を取り戻す夜に眼鏡すら血に濡れる紅いアルマウェルが鮮明に見えた]
…………
[キィ…―――倒れるウルスラの傍へ寄り、身を乗り出し手を伸ばす。瞳が開いていれば眼鏡をずらし光失う瞳を覗き瞼を閉じさせ、額に触れようと]
僕は彼女を殺そうと思いました。
…こわかったから確かめたかったんです。
…―――
[訥々と語るも謝罪を呑み、まだ温かいウルスラに触れる手は、ビャルネに触れた時よりいっそうに躊躇い震える。アルマウェルの存在を気にはするも、胸元から容器を取り出した]
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